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Vol.3:菅原洋さん

「矢富笑店」の2010年度バージョンです。2010年も矢富選手の軽快でいて、核心を鋭く突くトークをお楽しみください。

続・矢富笑店 Vol.3:菅原洋さん

菅原 洋 すがわら ひろし

1973年岐阜県生まれ。幼稚園から父の影響でラグビーを始め、小学校からの夢である国立でプレーするために、高校は名門・秋田工業高校へ進学し、大学は重戦車フォワードで鳴らす明治大学の門を叩いたラグビーエリート。
1996年度にヤマハ発動機ラグビー部に入団し、フォワードではフランカーを、バックスではウイングと幅広いポジションで活躍。2003年度に現役引退し、現在はヤマハ発動機ラグビースクールのコーチとしてピッチに立ち続ける。

初のヤマハラグビーOB登場

矢富 ● 今日はお忙しいところ、有難うございます。対談で初めてですね、ヤマハラグビーOBのご登場になります。

菅原 ● 正直、嬉しいよねぇ! こうして現役選手と交流できることって、なかなかあるようで無いから、本当に今日を楽しみにしてたよ。『矢富飯店』だっけ?

矢富 ● そうです。へい! らっしゃい。って『矢富飯店』で結構です(笑)。今日はいろいろと教えてください。

菅原 ● こちらこそ、よろしくお願いします。

菅原さん時代のラグビーライフ

一日のスケジュール管理が大変だった、
と振り返る菅原さん

菅原 ● 今の生活リズムは、朝8時から午後5時まで勤務の、6時から練習?

矢富 ● そうですね。でも、シーズンに入ったら、多少、変わるようです。

菅原 ● 僕たちの時代も同じで、朝8時前には会社に着いてたね。新人の頃は工場実習があって、午後5時に仕事を終えてから、グラウンドへ行って、8時ごろまで練習して、急いで寮に帰って、それから飯食って、洗濯していたら、深夜になっていて、一日があっという間だった。今もそんな感じ?

矢富 ● そうですね。一日が短いです。時間を大切に使わないといけないですね。

菅原 ● そうだね。こういう生活をしていくと、どうしても時間に制限ができるし、それを自分でスケジュール管理出来るようになると、すごく楽になるし今後にも必ず役立つことになるから。

矢富 ● なるほど。スケジュール管理って簡単に思えるけど難しいですよね。

矢富選手、正社員の日々

 「続・矢富笑店」も本人の企画

菅原 ● どう? 正社員の毎日は?慣れるまで大変でしょ?

矢富 ● はい、最初は本当にしんどくて。ずっと座っているのが何より辛かったです。

菅原 ● 僕も大学までラグビーしかしてこないような生活だったから、社会人になりたての頃は本当にリズムができるまで、辛かったね。どんな仕事をしているの?

矢富 ● 宣伝部に配属になりました。ウェブのお手伝いをしています。この『続・矢富笑店』も今年から自分で企画し、原稿を起こしたりと、周りの方々から教えてもらいながらやっています。同じ部署の人たちの顔と名前が一致しだしてから、大分、落ち着いて仕事に取り組めるようになりました。

菅原 ● でも、いい経験だよね。職場の人たちが矢富君と話すことで、ラグビーに興味を持ってもらえるからね。僕たちもそうだけど、職場の人たちがラグビー部員を通じてラグビーに興味を持ってくれて、試合会場に応援に来てくれるようになる。地道だけど、こうしてラグビーのファンを増やしていくことが大切だよね。

矢富 ● そうですね。社員になってすごく感じるのが、部署の方々は本当にいい人ばかりやし、なによりすごく応援してくれるんですよ。ラグビーをしていて今までと違うエネルギーというか、力になりますね。だからこそ試合に勝って喜んでほしいですね!

仕事とラグビーの両立

矢富 ● 菅原さんは、仕事もバリバリとされていますが、現役選手時代はどうやって両立を?

菅原 ● 職場のラグビーOBが色々と教えてくれたのが大きいね。自分も引退してから気がついたんだけれど、結構、社内にラグビーOBがいるんだよね。なんだ、現役時代から知っていれば良かった、と思ったね。でも、これも引退してから感じたことなんだけれど、こっちが現役選手を知っていても、なんとなく声を掛けづらくて、引いてしまう。自分から「オレもラグビーOBだ」って言い出せなくて。

矢富 ● なるほど…。自分としては、申し訳ないんですがOBの方がわからないほうが多いんです。自分と一緒にラグビーをされていたOBはわかるんですけど、ラグビーしていないとわからなくて、たまに食堂とかで「この人身体大きいなぁ」と思いながら、もしかしたらOBなんかなと思ったりはすることあるんですけどね。だからこそ、積極的に声をかけてきてもらいたいですね。この飯店を…あっ! もう笑店でいいっすか?(笑)、見てくれるOBの方がいらっしゃいましたら積極的にお願いします。

矢富 ● 今、菅原さんは仕事、楽しいですか?

菅原 ● すごくやりがいのある仕事をしてるよ。会社全体の方向性を定めていく部署なんだけれど、視野を広く持つので、より会社全体が見渡せる。

矢富 ● 最初から、ヤマハ発動機で社員としての生活を希望されていたのですか?

菅原 ● いや、僕は幼稚園からラグビーを始めて、練習が厳しいことで有名な秋田工業と明治大学でラグビーばかりやっていたから、ラグビーの世界しか知らないような感覚(笑)。だから、いずれはラグビーに関わる仕事に就きたいと考えていた。先生となって指導者になるとかね。でも、引退して、どっぷりヤマハ発動機の仕事に入った時に、当時の上司がとても責任のある仕事を沢山くださった。そのリクエストに応えるべく必死に仕事をやっているうちに、やりがいを感じながら、仕事をすることができたんだ。当時8時~17時で仕事してしていたけど、やはり引退したときは不安だったね。しかし比較的スムーズに移行できた、そういう意味では、非常にラッキーだったと言えるかもね。

仕事をする時も、ラグビー部OBの存在は大切と語る二人

海外赴任について

矢富 ● 菅原さんは、この前までスペイン駐在やったんですよね?いい所ですか?

菅原 ● 生活はいい所だったねぇ! 食べ物も美味しくて。仕事はめちゃめちゃ大変だったけど・・・

矢富 ● 日本みたいにセカセカしていないってホントですか?

菅原 ● 本当。休日なんかは昼飯に1、2時間かけるのが当たり前で、「またね」という意味の言葉で「Hasta mañana」(発音は“アスタ、マニャーナ”)という言葉があるんだけど、とにかく、何でも「また明日」になってしまう。すぐにやらない。また明日でいいじゃんと。それから、夕食も遅くて、夜9時からレストランがオープン。ゆっくりしているでしょ?

矢富 ● ええなぁ! 今の気持ちなら、スペインに行きたいな(笑)。でも、辛いこともありますよね?

駐在当初はスペイン語で苦労

菅原 ● 大変だったね、特に最初は。スペインでもラグビーOBの戸澤さん(戸澤孝幸氏。ヤマハ発動機ラグビー初の早稲田大学ラグビー部出身者)がいて、非常に厳しかったけれど、でも実はそれが愛情。スペインについてすぐに、戸澤さんに、スペイン語もまだほとんどわからない状態で、1人で車の修理にいかされて、辞書片手に頑張って話しをしたんだ。後でわかったことなんだけど、実は電話でこんな奴が行くからしっかり対応してやってくれ、と連絡をいれて下さってたんだよ。厳しかったけど、そのおかげで、すぐに言葉を覚えることにもなったし、本当にOBはいろんな所で助けてくれる。温かい人が多いよ。

正社員化について逆質問

菅原 ● ちょっと逆に聞いてもいいかな? 去年11月の正規社員化の発表があったじゃない。それを聞いて、どう思った?

矢富 ● 正直、どうしようと思いましたけれど、いろんな人と話すきっかけになった意味では、今思うと良い経験だったと思っています。菅原さんと話したのも、あれがきっかけですから、今日に繋がって良かった(笑)。

菅原 ● そうだよね、あの時に堀川(現監督)と3人で話をしたよな。いや、実は選手たちにとってもショックだったろうけれど、僕らOBにとってもショックが大きくて。あの発表があったからOBが集まりだし、ヤマハ発動機ラグビー部OBとして何ができるのかを議論したり、OBの結束力が今まで以上に強くなるきっかけになったんだ。

矢富 ● 僕たちは自分たちのことで精一杯だったので、OBの方々もショックを受けていたとは知りませんでした。

トークの早明戦

矢富 ● 自分は早稲田、菅原さんは明治で、ライバル関係やったと思うんですが早明について少しお願いします。菅原さんがいらっしゃった頃の明治ってどんなんでした?

菅原 ● 強かったね。現役中に早稲田に負けたのが1回かな? それぐらい強かったし、なにより練習がすごくハードだったね。

矢富 ● 練習ハードで、上下関係もハードやったんじゃないですか?

菅原 ● 上下関係については、どこの大学も厳しかったと思うけど、際立って厳しかった。斉藤裕也(明治大学OB。元日本代表選手。現在は豊田自動織機所属)がテレビ番組の『ジャンクスポーツ』で、先輩に1メートル以上のこけしをずっと背負わされていたと言っていたけど、初代は僕! 物凄く重くてきつかった(笑)。

矢富 ● それはきついでしょう(笑)。やっぱり、ちょっと前の時代の上下関係は危険っすね。だけど、上下関係がそんな厳しいことが練習で支障をきたさないんですか?

菅原 ● 練習は、週3ぐらいで学年マッチがあって、1年生から4年生までが試合をするんだけど、ラグビーの試合中は上下関係無しというプロ意識が上級生にも下級生にもあった。だから、試合中に上級生と殴り合いのケンカとかもあったけれど、試合が終われば、元の上下関係に戻るだけで、それがあったから何かということは全くなかった。そんな空気も強かった要因の一つだと思う。

矢富 ● なるほど。上下関係と練習がうまくマッチしたから、そのときの明治は強かったかもしれないですね。奥が深いです。

菅原 ● 矢富は明治に関して特別な思いはあった?

トークの早明戦、勝ったのはどっち?

矢富 ● ありましたね。明治は早稲田が相手になると別人になるし、伝統で1年早明があるじゃないですか? その時にも上級生から、明治に負けるとしぼり(試合後に行なう特別練習のこと)だぞと言われていたし、僕たちの1年早明は確か1点差の逆転勝ちだったので特に思い入れは強かったですね。

菅原 ● 僕たちの時代も相手に対する意識は同じだったけど、自分達が1年試合は早稲田に負けたらしぼりで、慶応に1トライでしぼりだったから必死だった。負けることがなかった時代だったから、勝つことに一生懸命になって試合をした記憶しかないな。

矢富 ● でも、最近は明治も強くなってきているし、すごく早明戦を見るの楽しみですね。今年も、静岡で試合※があるんで時間があれば見に行きます。
※5月30日(日)静岡県ラグビーフットボール協会主催の招待試合。明治大が44-33で早稲田大に勝利。

対談を終えて菅原さんの一言

本当に繰り返しになってしまいますが、こうして現役選手と話す機会を設けていただいたことに感謝しています。今年は現役選手たちにとっても、僕たちOBにとっても正念場の年。矢富君をはじめ、現役選手のみなさん、何かあれば遠慮なく近くにいるヤマハ発動機ラグビー部OBに相談してください。大変なシーズンになるかと思いますが、勝ち続ける強いチームになること、また社員・地域の方に応援して頂けるチームになることを、期待しています。

矢富選手の独り言

初OB対談ということで、一言でいうと勉強になりました。特に今年は社員になったということで会社のこともわからないし、仕事のことも全然ですけど、自分がいまから経験するであろう道を歩んできた方の言葉はすごく説得力があったし、楽しい対談でした。菅原さん、これからも、長い付き合いをお願いします!

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