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ヤマハ発動機株式会社

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チームの歴史

ヤマハ発動機ジュビロのチームの歴史をご紹介します。

ヒストリー
プロフィール ヒストリー 戦績


歴代ジャージ
ファーストジャージ
1982~1985
創部当時のメンバーが中心となりデザインし、当時のラグビー界の強豪である新日鉄釜石のような力強いチームになりたいという気持ちを込めて「赤」を基調としたジャージが完成した。
1986~1987
ジャージの老朽化に伴い、一新されたファーストジャージ。ラグビー部として正式に会社から認められた経緯もあり、ヤマハカラーの水色を基調としてデザインされた。チームとして最初に管理し始めたジャージ。
1988~1997
強化クラスとしてスタートするに当たり、一新されたファーストジャージ。古き日本において着物の草木染として親しまれ、また今日においては武道の袴の色に該当されるという伝統色「紫黒色」をチームカラーとし、ヤマハラグビーのこれから始まる「伝統」と武道から連想される「力強さ」を表現し、完成された。
1998~2001
98年関西社会人Aリーグへの昇格と同時に一新されたファーストジャージ。チームカラーの紫黒色をベースにコーポレートカラーであるヤマハレッドを新たに加え、新興チームらしい躍動感かつ力強さをアピールするというコンセプトのもと完成された。
2002~2005
2003年度、トップリーグ開幕と同時にデザインを一新。チームカラ−、強さの象徴である紫黒色が胸の中央に向かってサックスブルーに変化するグラデーション。
2006~
2006年度にリニューアル。海外、国内ともにラグビージャージの襟が短くなる傾向に倣い、極端に短い襟が特徴。また、肩から始まるサックスブルーが、胴に向かってヤマハラグビー部の伝統色である紫紺色に縦に変化するグラデーションになっている。
この年から背中に「VOX」(50ccスクーター)の自社製品ロゴが入り、以来、2007年度は「Majesty」、2008年度~2010年度は「TMAX」がプリントされた。

セカンドジャージ
1988~1994
強化チームとなり新たなチームカラーのコンセプトのもと、ファーストジャージと同様に新たに作成されたセカンドジャージ。ヤマハラグビー部創部以来、初めてのセカンドジャージ。
1994
94年に開催された第47回全国社会人ラグビー大会初出場の東芝府中戦で唯一着用したセカンドジャージ。関西社会人Bリーグまで使用していたセカンドジャージがある理由から使用できず、急遽全国社会人大会用に用意させた。
1995~

95年以来、現在も使用されているセカンドジャージ。スポーツとは常にフェアプレー精神に根ざしたスポーツマンシップを原点とする。ベースカラーとなる白とはクリーンなイメージと柔軟さを意味し、ヤマハラグビー部の常に見るものを魅了するクリーンさ、どんな相手に対しても状況に応じて柔軟に対応するという資質を表現しセカンドジャージが完成した。

2002~
2003年度、トップリーグ開幕と同時にデザインを一新、チームカラ−、フェア−プレーの精神を示す白をベースに肩、サイドに紫黒色を使用。
2006~
フェアプレーの精神をホワイトで表現。前デザインに比べてホワイトの面積を大幅に増やす一方、ヤマハラグビー部の伝統色である紫紺色を襟に配し、メリハリを利かせたデザインとなっている。ファーストジャージ同様に、襟が短く、背中には自社製品ロゴが入っている。
同好会時代の情熱 1982〜1983
1982年 3月 ヤマハ発動機ラグビー同行会結成
静岡県ラグビー協会にチーム登録
1983年 4月 第5回静岡県社会人選手権 SBS杯初出場
草薙球技場で撮影した記念写真
ラグビー部強化への道 1984〜1987
1984年 4月 ヤマハ発動機株式会社ラグビー部に名称変更(創部)
初代監督に池谷弘就任(84.4〜86.8)
1985年 9月 来客駐車場横グラウンドにラグビーポールを新設
グラウンド開き記念試合開催(対スズキ自動車工業戦)
1986年 9月 第2代監督に池田哲夫就任(86.9〜87.3)
1987年 4月 第3代監督に高橋慶彦就任(87.4〜88.3)
5-6月 87年度静岡県社会人2部リーグ出場
12月 磐田市大久保のヤマハ発動機総合グラウンドにラグビー専用グラウンドを建設
強化が開始された頃の試合風景
静岡県制覇 1988〜1989
1988年 4月 ラグビー部代表に管理本部人事部部長の中野一良就任
コーチに元ウェールズ代表チーム選手のスティーブ・ジョンソン就任
第4代監督に長坂元就任(88.4〜89.3)
5-11月 88年静岡県社会人2部リーグ出場
12月 静岡県社会人1部リーグへの入替戦(対鈴木自動車工業 19-0)
静岡県社会人1部リーグに昇格
1989年 4月 第5代監督に北川洋就任(89.4〜91.3)
11月 第42回全国社会人ラグビー大会東海北陸地区予選出場 (対日本電装 20-9)
12月 東海社会人Bリーグへの入替戦
(対豊田自動織機 16-25)
第10回静岡県社会人選手権SBS杯。スコアは25対0の完封勝ち
関東Aリーグをめざせ 1990〜1992
1990年 2月 関西社会人ラグビーCリーグへの入替戦
(対旭硝子 44-0)
11-12月 第43回全国社会人ラグビー大会地区代表決定戦出場
(対三菱自工京都 15-45)
1991年 2月 関西社会人ラグビーCリーグへの入替戦
(対なおかつクラブ 74-0)
関西社会人ラグビーCリーグに昇格
11月 関西社会人ラグビーBリーグへの入替戦
(対鐘淵科学 24-14)
関西社会人ラグビーBリーグに昇格
1992年 11月 第45回全国社会人ラグビー大会代表決定戦出場
(対ワールド11-40)
第43回全国社会人大会地区予選の対NTT北陸戦
悪戦苦闘 1992〜1996
1994年 11月 第47回全国社会人ラグビー大会代表決定戦出場
(対本田技研鈴鹿 49-12)
12月 第47回全国社会人ラグビー大会初出場
(対東芝府中 13-90)
1995年 2月 最新スポーツ施設を完備したラグビー部専用独身寮
「豊田寮」完成
10-11月 第48回全国社会人ラグビー大会代表決定戦出場
(対NTT関西 14-33)
1996年 12月 第49回全国社会人ラグビー大会代表決定戦出場
(対本田技研鈴鹿 45-19)
第49回全国社会人ラグビー大会出場
(対神戸製鋼 7-104)
関西社会人Bリーグでこの年唯一負けた対ユニチカ戦
昇格 1996〜1997
1997年 2月 関西社会人ラグビーAリーグへの入替戦
(対三菱自工京都 19-26)
4月 第6代監督に中尾晃就任(97.4〜98.3)
11月 第50回全国社会人ラグビー大会代表決定戦出場
(対本田技研鈴鹿 26-26)
関西社会人ラグビーAリーグへの入替戦
(対三菱自工京都 47-0)
関西社会人ラグビーAリーグに昇格
12月 第50回全国社会人ラグビー大会出場(対マツダ 27-26)
完封勝利をおさめ関西社会人
Aリーグ入りを讃えたヤマハ号外
頂点をめざして 1998〜2002
1998年 12-1月 第51回全国社会人ラグビー大会出場
(対神戸製鋼 12-82)
1999年 4月 第7代監督に花岡伸明就任(99.4〜01.3)
2000年 12月 関西社会人ラグビーAリーグ入替戦
<Aリーグ残留決定>(対大阪府警 61-14)
第53回全国社会人ラグビー大会代表決定戦出場
(対NTT西日本 35-18)
2001年 1月 第53回全国社会人ラグビー大会出場
(対サントリー 10-57)
12月 第54回全国社会人ラグビー大会出場
(対クボタ 21-22)
2002年 9-11月 関西社会人ラグビーAリーグ
(対神戸製鋼 25-21)優勝
12-1月 第55回全国社会人ラグビー大会出場 ベスト8
(予選プール2勝1敗で決勝トーナメント進出。
1回戦 対NEC 24-24引き分け)
※トライ数によりNECが準決勝進出
創部以来の「初優勝」そして無敵の「全勝優勝」を果たした2002年
関西社会人ラグビーAリーグ。
ジャパントップリーグ開幕。 2003〜
2003年 8月 タンバイ・マットソンがヘッドコーチ就任
9月 ジャパントップリーグ開幕
9-1月 ジャパントップリーグ3位
2月 マイクロソフトカップ(対東芝府中 10-39)1回戦敗退
3月 第41回日本選手権 準決勝進出
(対東芝府中 12-33)
2004年 4月 グラント・バティがヘッドコーチ就任
9-1月 ジャパントップリーグ2位
1-2月 マイクロソフトカップ(対東芝府中 6-20)準優勝
2月 第42回日本選手権(対NEC 13-24)
2005年 9月 佐野 順がヘッドコーチに就任
9-1月 ジャパントップリーグ第7位
1月 マイクロソフトカップ(対サントリー 17-35)1回戦敗退
2006年 4月 ケビン・シューラー総監督、堀川隆延監督就任
9-1月 ジャパントップリーグ第3位
2月 マイクロソフトカップ(対サントリー 39-40)準決勝
3月 第44回日本選手権 2回戦 (対関東学院大 53-14)
準決勝 (対東芝ブレイブルーパス 10-47)
2007年 6月 ヤマハスタジアム初の大学チームとの招待試合
対早稲田大学 24-21
早稲田大学の五郎丸選手
2007年 10-2月 ジャパントップリーグ第7位
ノンストップラグビーを意味する「リレントレス」を掲げ、
悲願の日本一を目指すヤマハ発動機ジュビロ
2008年 5月 ヤマハラグビー祭(ヤマハスタジアム)
対NECグリーンロケッツ 33-19
9-1月 トップリーグ第7位
ヤマハスタジアム初の国際試合を開催
2009年 4月 ケビン・シューラー監督就任
6月 ヤマハスタジアム初のラグビー国際試合
対イングランド州選抜 20-36
9-1月 トップリーグ第9位
1月 日本選手権出場決定トーナメント1回戦
対コカ・コーラウエストレッドスパークス 17-31
2009年度のスローガンは『40strong』
2010年 4月 堀川隆延監督就任(2回目の監督就任)
  9-1月 トップリーグ第11位
2011年 2月 入替戦 対九州電力キューデンヴォルテクス 12-10で勝利
    トップリーグ残留
2010年度のスローガンは『FIGHT』

[速報]試合結果: 2011-2012年度トップリーグ 第13節

ジュビロ   ホンダ
35 5

2012年2月 5日(日)
13:00キックオフ
会場:ヤマハ

試合結果の詳細へ

次の試合日程: 2011-2012年度ワイルドカードトーナメント 第1戦

2012年2月18日(土)
14:00キックオフ
会場:近鉄花園

近鉄ライナーズ戦

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